きっしい静岡県への旅


2001年2月25日(日)〜26日(月) 河津桜

 伊豆の河津に”河津桜”を見に行ってきました。河津桜はもっとも早咲きの桜、もう満開近くまで咲いてます。スーパービュー踊り子号を下りると、駅前からピンクの河津桜と黄色の葉の花の歩道が続いています。とってもキレイですよ。「枯れ木に花を咲かせましょう」冬枯れの木々の中の、ピンクの花は”花咲じいさんの町”に来たようです。


「今井浜東急リゾート」の目の前は海。朝の海の向こうには、伊豆七島が見えます。


「河津七滝(かわずななだる)」は、”伊豆の踊り子”にも登場する渓谷。滝を目の前に眺められる露天風呂にも入りました。水着のままで、滝までの遊歩道を下りていくのですが、ちょっと恥ずかしい。(笑)


 

修禅寺は紅葉ぴーく!!(99年11月29日)

 日と月で、伊豆の修善寺温泉に行ってきました。きっしい夫婦の結婚15周年記念旅行。お銚子お一人様1本つき(笑)。泊まったのは、横山大観画伯ゆかりの”新井旅館”。窓の外には桂川のせせらぎが眺められて、露天風呂に浸かりながら紅葉を眺めて、「うーむ日本に生まれてよかった」。

(修禅寺の紅葉。お寺の名前は”しゅぜんじ”でなくて”しゅうぜんじ”)

 今回見たところは、三島では、レッサーパンダもいる”楽寿園”、頼朝が100日通った”三島大社”、伊豆国分寺塔跡。修善寺では、頼朝の弟”源範頼の墓”、頼朝の息子2代将軍”源頼家の墓”。韮山では、”頼朝政子の新居跡”、”政子産湯の井戸”、”堀越御所跡”、頼朝の流された”蛭ケ小島”、北条早雲の”韮山城址”。
 蛭ケ小島からは、雄大な富士山が絶景。「こんな処に流したのが失敗。毎日富士山を見ていたら、大志を抱くにちがいないわ」と妻談。



清見寺に行く!!(99年5月3日)

 静岡県は興津の名刹『清見寺』に行く。GW中3日間のみ庭園が一般公開される。徳川家康、明治天皇、与謝野晶子、山下清とさまざまな人達が訪れてます。ロダンで有名な『静岡県立美術館』に行く。とろろ汁の『丁子屋』に電話したら1時間待ちといわれ断念、こだまで帰る。


 今回は、正月休みを利用して、2ndステージに出発しました。期間は1998年12月30日(水)〜1999年1月3日(日)の5日間、今回のスタートは第19宿・府中(静岡県静岡市)。ゴール予定は第38宿・岡崎(愛知県岡崎市)、140.3kmの前進を予定しています。さてどこまで進めるでしょうか、お楽しみに。
(こういうスタイルで歩きました)

持ち物: リックサックの中身は5kg、着替え、パジャマ、デジカメ、携帯電話、ガイドブック。


(20府中から39岡崎が今回の予定)

●第1日 1998年12月30日(水) 晴れ
(前日夜新幹線で静岡へ、静岡北ワシントンプラザH泊)
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第19宿・府中(静岡県静岡市)
 6時55分府中を出発。
広重の絵にも出てくる、あべかわ餅”石部屋”はまだ開店前。
安倍川を越えて振り返ると遠くに富士山が見えた。
 ↓(5.6km)
第20宿・鞠子(静岡県静岡市)
 弥次喜多にも広重にも登場の、とろろ汁「丁子屋」の前を通るがすでに正月休み。
(広重の絵そのままの丁子屋)
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 豊臣秀吉拝領の陣羽織が見れる「お羽織屋」の前を通るが開店前。
昼なお暗い宇津ノ谷峠を越える。
在原業平の「駿河なる宇津の山辺のうつつにも 夢にも人に逢はぬなりけり」の蔦の細道は別の道。
 ↓(7.8km)
第21宿・岡部(静岡県岡部町)
 ↓(6.7km)
第22宿・藤枝(静岡県藤枝市)
 以前、JFL”藤枝ブルックス”があった所。今のJリーグ”アビスパ福岡”。
 ↓(3.9km)
第23宿・嶋田(静岡県島田市)
 「越すに超されぬ大井川」の東側の宿場です。
大井川の橋を渡る。江戸時代は人足の肩車で渡りました。
大井川を境に、駿河国から遠江国に入る。
 ↓(3.9km)
第24宿・金谷(静岡県金谷町)
 大井川鉄道の踏み切りで、SLが通り過ぎるのを見る。
金谷の宿に電話するが2軒とも正月休み、とほほ。
16時20分金谷到着。本日歩行距離は65609歩、31.6km。
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(電車で1駅戻って、島田H泊)



●第2日 12月31日(大晦日) 晴れ
(電車で金谷駅に進む)
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第24宿・金谷(静岡県金谷町)
 6時40分、金谷出発。
金谷坂を越える。周りは一面の茶畑。
続けて、小夜の中山を越える。西行法師の「年たけてまた越ゆべしとおもいきや いのちなりけりさやの中山」の歌で有名。有名な夜泣き石もあります。
(広重の絵よりはだいぶ小さい夜泣き石)
 ↓(6.5km)
第25宿・日坂(静岡県掛川市)
 ↓(7.0km)
第26宿・掛川(静岡県掛川市)
1994年に復元された木造の掛川城は正月休み。奥さんも有名な山内ー豊の城。
 ↓(9.5km)
第27宿・袋井(静岡県袋井市)
 東海道五十三次のちょうど真ん中の宿の看板を見る。
 ↓(5.8km)
第28宿・見附(静岡県磐田市)
 ゴン中山選手のいるJリーグ「ジュビロ磐田」の磐田スタジアムがある。
古くは遠江(とうとうみ)国の国府でもあった。
16時20分、見附到着。本日歩行距離は65609歩28.8km。
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(バスで戻って、袋井プリンセスH泊)
本日は大晦日。良いお年を。
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●第3日 1999年1月1日(元旦) 晴れ
 ホテルの部屋の窓から初日の出を見る。柏手を打って、「夫婦円満、家内安全」をお祈りする。
(タクシーで見附に進む)
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第28宿・見附(静岡県磐田市)
 7時40分見附出発。
天竜川を渡る。橋が2本あるのに両方とも歩道が無い。歩いているすぐ横を車が猛スピードで走り過ぎる。
今回の旅で一番恐かった所。江戸時代は船で渡ったそうです。
 ↓(16.4km)
第29宿・浜松(静岡県浜松市)
 Docomoで携帯電話を11桁にしてもらう。
食べたかったうなぎ屋さんは正月休みでした。
 ↓(10.8km) 
第30宿・舞坂(静岡県舞阪町)
(舞阪の脇本陣、係のオジサンが話相手になってくれます)
 脇本陣が残っているのは、日本中でここだけ。「帰省した人が見学に来れるように」と元旦から開いてました、エライ。
浜名湖は昔は湖だったが、1499年の地震で外海と繋がってしまった。その東岸の宿場が舞阪です。ここから次の新居までは昔は船で渡りました。
 16時舞阪到着。本日歩行距離は、55781歩27.2km。
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(バスで浜松に戻って、オークラアクトシティH浜松泊)
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●第4日 1月2日(土) 晴れ
 ホテルの33Fの部屋からは、浜松の街が一望の元に見えます。江戸時代のランドマークの”浜松城”のなんとちっぽけなことか。
(電車で、新居町へ移動)
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第31宿・新居(静岡県新居町)
(新居関所、閉まってます)
 新居関所は、1855年建造の国内唯一の江戸時代の関所です。去年の会社の旅行の時見学しました。
 ↓(6.5km)
第32宿・白須賀(静岡県湖西市)
 ”明治天皇御幸の碑”を見る。旧東海道を最後に通った大行列が、明治元年の明治天皇の江戸への御幸です。
 ↓(5.7km)
第33宿・二川(愛知県豊橋市)
 三河国に入る。本陣はお休み。
 ↓(6.1km) 
第34宿・吉田(愛知県豊橋市)
 市電が走っています。
 ↓(10.2km) 
第35宿・御油(愛知県豊川市)
 16時、御油到着。本日の歩行距離、61188歩28.5km。
(名鉄で豊橋に戻り、Hアソシア豊橋泊)
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旧東海道ウォーク ●第4日 1998年5月2日(日) 雨
 朝6時30分、開門と同時にホテルを出発。明日は天気が崩れると朝の天気予報でいっていた。なんとか今日中に一気に箱根山を越えたいものだが、江戸時代の人でも大変だったらしい。
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 雨が降って来たので雑貨屋で傘を買う。黒い傘と赤い傘があった、人目に付くように赤い傘を買う。道は箱根にかかり、上り坂はどんどん急になっていく。朝9時、畑宿通過。ここからが最難関、上り階段が一番キツイ。雨は降ったりやんだり。
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第10宿・箱根(神奈川県箱根町)
 午前10時25分、箱根を通過。このペースで行けば、午後には三島に到着出来るだろう。と思ってすぐに、どしゃ降りの雨、芦ノ湖はモヤの中。遊覧船は波荒く欠航中。
(雨に煙る芦ノ湖)
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 午前11時35分、箱根峠は深い霧の中。進むべき道が分からない、さらに行き交う車から私が見えないので大変危険。大ショックだがここで断念。箱根峠のファミリーマートからタクシーを呼んで、三島まで移動。
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第11宿・三島(静岡県三島市)
 昼12時25分、三島(日本橋より112.4km)に到着。ふもとまで降りてくると雨は降っているが明るい、振り返る箱根山は雲の中。ショックで写真を取り忘れる。三島名物うなぎの”うなよし”でお昼を食べる。1時20分、再出発。
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第12宿・沼津(静岡県沼津市)
 午後2時40分、沼津(日本橋より118.3km)に到着。3時、”沼津ホテル”にチェックイン。一泊6300円。本日の歩行距離25km、タクシー走行距離12.3km。夜は市場にお刺し身を食べに行く。
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●第5日 5月3日(祝) 雨
 朝6時30分、豪雨と強風で出発出来ない。部屋の窓から、恨めしく外を眺める。朝7時45分、雨が小振りになったので出発、天気予報は徐々に回復の予想。傘を差しながら歩く。
第13宿・原(静岡県沼津市)
 午前9時25分、原(日本橋より124.2km)通過。晴れてさえいれば右側には雄大な富士山が眺めながら歩けるはずだが、見えなければ単調なただの道。
 午前10時55分、田子の浦の海岸に出る。海は大荒れ、雨も降り止まない。
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第14宿・吉原(静岡県富士市)
 昼12時、吉原駅前の中華屋さんで、半チャンラーメンを食べる。この辺まで来ると、ファミレスってないんですね。写真の場所は、街道で唯一左側に富士山が見える名所。すぐ先には、源平合戦のとき平家軍が水鳥の羽音に驚いて敗走したので有名な、平家越えの碑がある。が、雨は強く降り続く。
(晴れていれば道路の左側に富士山が見えるはず)
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 午後1時45分、吉原(日本橋より135.9km)通過。喫茶店でしばらく雨宿りをする。
 午後3時10分、今日のゴール。宿は旧街道沿いの”フジホワイトホテル”、無駄に歩かなくて良いのが嬉しい。夕方、雨に濡れた服の着替えを買いに行く。イトーヨカドーで、ポロシャツ1枚、Tシャツ1枚を購入。本日の歩行距離22.3km、雨のため距離伸びず。今晩のホテルは一泊6300円、パンフレットには「富士山の眺めが素晴らしい」と書いてあった‥。
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●第6日 5月4日(祝) 曇り
 朝6時、ホテル出発。曇りだが雨の心配はなし。軽量化のため、赤い傘を置いていく、ご苦労様でした。朝6時35分、富士川を渡る、川幅はこのあたりでは500mぐらいしかない。
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第15宿・蒲原(静岡県蒲原町)
 朝8時、蒲原(日本橋より147.0km)到着。広重のシリーズ中一番の傑作といわれる”蒲原・夜の雪”の碑を見る。温暖な蒲原の地で、広重がなぜ雪景色を描いたかはいまだにナゾである。絵の構図と実際の風景が似ていないところもナゾである。見て実感した。
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第16宿・由井(静岡県由比町)
 午前9時、由井(日本橋より150.9km)を通過。目の前に”東海道広重美術館”があるが今回は先を急ぐのでパス、今日は版画作り体験教室もあるらしい、やってみたいなあ。
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 午前10時15分、写真の薩た峠に到着。箱根峠に比べれば、100mの峠なんか楽勝楽勝。ここからの景色は、広重の絵とそっくりで見事。でもまだ富士山は見えません。
(旧東海道で一番の絶景でした)
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第17宿・興津(静岡県清水市)
 午前11時10分、興津(日本橋より160.0km)到着。駅前の喫茶店でカレーを食べるが、お薦めのわりにはイマイチだった。
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第18宿・江尻(静岡県清水市)
 午後1時10分、江尻(日本橋より164.1km)到着。現在の清水市です。大変疲れたので、チェックイン時間まえだが、”ホテルサンルート清水”に行く、無事部屋に入れてもらう。本日の歩行距離21.8km。ホテルは一泊6900円。
 ”追分羊かん”は江戸時代からある。ちびまるこちゃんも大好きだったそうで、店内に色紙が飾ってあった。おみあげに1本買う。
 夕食は有名な”なすび総本店”へ、まぐろの刺し身が美味かった。なすびの由来は、電波少年のなすびは関係なく、一富士二鷹三茄子からだそうだ。
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●第7日 5月5日(祝)
 朝、ホテルの窓から富士山が見えた。この旅で初めて見た富士山。「ここまで歩いて来たか、やるなあ」と励ましてくれているよう。朝5時30分、ホテル出発。途中草薙球場で、沢村栄治の銅像を見る、感激。
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第19宿・府中(静岡県静岡市)
 朝8時15分、府中(日本橋より174.6km)にゴール。現在の静岡市。札の辻でセルフ記念撮影。本日の歩行距離11km。トータル7日間の歩行距離は、162.3kmでした、お疲れ様でした。でも楽しかった、「自分の足にごくろうさま」と誉めてあげる。
(札の辻で今回はゴール)
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 朝8時50分の新幹線に乗る。7日間かけて歩いた距離を、こだま号は東京まで1時間24分。グリーン車はラクチンラクチン。「文明というのはスゴイものだ」と実感。東京駅まで迎えに来てくれた妻と、6日ぶりの再会。
 今回の旅で、京都までの1/3は歩破しました。応援してくださった皆さんありがとうございます。人間というものは励まれないと頑張れないんだなあと実感しました。

  (第一ウォーク 終わり)
[ 第二ウォークへ続く ]



(c)1998/Kissy


97年11月15日(土)晴れ

 会社の部内旅行で焼津に行った。途中の静岡で「駿府城」を見に行った(徳川家康が大御所時代住んでいた城)。城内に「家康お手植えのミカン」があった。結構感動した。


 家康お手植えのミカン